音ゲーの動きは一般の人にはどう見えてるのか

(※音ゲーの動きがキモイとか言いたい訳ではないです。僕はデレステ上手い人とか太鼓の達人とか素直にスゴイと思います。)

 

こんなツイートを見ました。

 

(本人から掲載の許可は得ています)

 

 

自分はデレステと太鼓くらいしか音にまつわるゲームをやったことがないが、これの凄さは何となく伝わってくる。高難易度の譜面をクリアするための理想の指の動きを長い時間努力してようやく体にインストールしたのだろう(たぶん)。

 

分かる人には(おそらく)分かる凄さだが、これは音ゲーをやったことのない一般の人の目にはどのように映るのだろうか。

 

おそらくあまり魅力的で、尊敬できて、カッコイイという具合には映らないのだろう。

 

という訳で今回はどうして上の指の動きは一般の人の目に魅力的に映らないのかについて考えようと思う。

(だいぶあやふやな部分からスタートする訳ですが、だいたい筆者の思い込みなのでそう固く捕らえないでもらえると助かります。

一般の人の目には魅力的に映りにくいだろうな、という自分の考えから始まっているだけの文章です)

 

①いざという時にならないから

筋肉がすごい人とかスポーツ選手はカッコイイ様に見えるのにこの指の動きがそう映らないのは、外敵から身を守る事とは無縁だからではないだろうか。

 

②金の匂いがしないから

しかしながら、①のように考えると外敵から身を守ることと関係がなくとも、何かについて研究する動きというのはカッコイイ様に見える。

それはやはり金の匂いがするからだろうか。

この指の動きから金の匂いを感ずることはできない。

 

③人間としての動きとは無関係だから?

日常生活を生きていく上で、仕事をする上でこのような指の動きをする必要は全くない。故にこの動きは魅力的には映らないのだろうか?

 

…と初めは思ったが絶対にそうではない。

というのもスポーツもまた人間として持っている動きとは明らかに違うからである。

 

例えばグローブを使ってボールを捕球する際はグローブを体の正面に構えて捕球を行うが、この動作はボールを体にぶつけてしまう危険を考えればそもそも危険な行為である。ノーバウンドで捕球するという野球のルールを考えなければ、次の図のように捕球しようとするのが人の動きとして妥当なはずである。

 

f:id:Kaibarasan:20181208153950p:plain

このようにスポーツはルールに適応するように自らの動きをアップデートしていく。

音ゲーも与えられた譜面をクリアするために自らの動きをアップデートしていく。

 

人間として持っている動きとは違う動きをしているから魅力的に映らないということは決してないといえる(だろう)。

 

 

④行為に対しての因果関係が全く分からないから

例えば一般の人からしたら理解がまるで及ばないような研究も、その研究によって我々の暮らしが便利になっていると説明を受ければ一般の人は納得するだろう。

 

ルールが分からなければ何をやっているかよく分からないようなスポーツでも、その結果人が涙を流したり表彰されたり国を代表していたりすればなんとなくそのすごさは伝わる。

 

しかしながら↑の動画の指の動きが出来るようになった結果として得られるのは、たぶん良いリザルト画面だけなのである。

 

そのすごさをいくらプレイ人口や難易度、偏差値の指標を用いて説明したとしてもイマイチ凄さというのは伝えられないだろう。

 

まとめ

 

↑の指の動きは、やはり義務教育で受けた教育とは全く無関係な動きだからあまり魅力的には映りにくいのでしょうか。

 

それともやっている事に対して全く共感出来ないからなのでしょうか。

 

ガチャガチャガチャガチャと工場の機械のようにうるさい音が鳴るからでしょうか。

 

目標を定めてそれを達成するために力を身に着けていくという点では何事も一緒だと思うんだけどなあ。

 

(おわり)